イシダアツシのイシダア通信

ライフスタイルコンサルタント。広島と東京でコンサルを通して生きる歓びを分かち合う。そんなお仕事をしています。DIY的生き方ブログ。

中途半端な気持ちが招くこと

こんにちは、アツシです。

 

 

最近、ほんとうに

伝えたいことがありすぎて

 

湧き出す思いを、

最初に感じた感情に

なるべく一番近い言葉を選んで

鮮度高くお伝えするのに

時間がかかっております^^;

 

ワーワーゆうとりますが

そんな時間も楽しんですけどね(笑)

 

今日は雑貨大好きな僕らしく

器についてのお話です。

 

 

 

キティーちゃんのお皿

 

僕は実家に住んでいるので

まぁ、お皿って沢山ある訳ですよ。

 

両親が好んで買ったものから

もらったものから

何かの粗品でもらったものまで。

 

 

その中にね、あるんですね。

キティーちゃんのお皿が。

 

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僕の記憶が間違っていなければ

確か、洋服の青〇にハガキを持って

来場すればもらえる

粗品のお皿だったような。。

 

 

両親が熱狂的なキティーちゃん

ファンかと言われれば答えはNO!

 

 

うちの両親(特に父親)は

(タダで)もらえるなら

もらっとこう精神が

なかなかお高い方でして(笑)

 

 

だから、特に深く考えずに

お皿とか貰ってきちゃったんだと

思うんだけどね。

 

 

中途半端な気持ちで選んだものが

家の中に増えると

 

何も良いことってないのね。

ほんとうに。

 

 

父親もそのお皿に対して

愛着がある訳でもないし

好んでそのお皿を

使う訳でもないのね。

 

 

そして器好きの僕としても

キティーちゃんのお皿に

どんなにおいしそうに

食事が盛り付けられていても

残念ながら心が全く動かないのね。

 

 

そりゃあもう全く動かないの。

 

 

例えるなら

電池が切れたシンバルを叩く

猿のぬいぐるみバリに

動かない訳。(逆に分かりづらい?)

 

 

ここで僕が言いたいのは

キティーちゃんのお皿が悪いとか

そういうことではなくて

 

 

 

そのお皿を使う時に

 

 

そこにあなたの心が

躍動する瞬間が

あるんですか?

 

 

 

ワクワクする瞬間が

あるんですか?

 

 

 

喜びが溢れる瞬間が

あるんですか?

 

 

 

ってことなんです。

 

 

キティーちゃんのお皿を使う時に

嬉しい気持ちが溢れたり、

気分が良くなったり、

ワクワクするのであれば、

 

それはもう最高なわけで。

ノープロブレムなわけ。

 

 

 

中途半端の影響

 

これはお皿だけに言えることじゃなくて

何かを買うという時

全てに当てはまるのだけど

 

 

中途半端な気持ちで買ったモノは

中途半端にしか活躍しないし

何よりも使っていて、気持ちが良くない。

 

 

そこには愛着もわかなければ

扱いも自然とぞんざいになるよ。

 

 

自分の気持ち(心の声)に

しっかりと向き合わずに

その気持ちをぞんざいに扱えば

 

そりゃ、あなたに

返ってくる現実だって

ぞんざいで中途半端な現実しか

返ってこないって。

 

 

だから自分の気持ちを

満たしてあげることが

何よりも大切なんだよ。

 

 

自分の願いを常に

叶え続けてあげることが

 

あなたの心の豊かさに、幸せに

必ず、必ず繋がっているんだよ。

 

 

僕は、そこへの確信が

ずば抜けてあるからこそ

そういうことを伝えたいんだよ。

 

 

自分1人で抜け出せないのなら

他力を借りればいいんだよ。

 

それは何も恥ずかしいことじゃないし

「助けて」って声をあげれるのは

 

自分の気持ち(心の声)を

聴いてあげられている証だし

その願いを叶えてあげる行為だから。

 

 

 

僕の心は躍動する

 

本来、実家に住んでいるのだから

自分で食器を買う必要も

ないのだけれど

 

 

やっぱり、同じ料理でも

自分の気持ちが上がる器で

食べたほうが

 

楽しいじゃん!

嬉しいじゃん!

気持ちいいじゃん!

 

 

皆さんも体感したことが

あると思うんだけど

 

同じ料理でも器が変われば

不思議と味も変わるんだよ。

(イシダ調べ)

 

 

 

僕は以前、島根に友人たちと

窯元巡りツアーで行った時に

購入したお皿が数枚あってね。

 

 

同じ餃子を食べるのだって

出西窯の平皿に盛り付けて、

湯町窯の小皿にタレを入れて

食べればもう幸せ満開なのね。

 

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幸せって何も特別なことをするから

幸せって訳じゃなくて

 

いかにありふれた日常の中に

自分にとっての大小の幸せを

散りばめていけるかなのだと思う。

 

それだけで誰もの日常から

幸せが溢れ出すのだと思うんです。

 

 

楽しむからこそ

 

本来、何かを選ぶって

とっても楽しい行為だと思うのね。

 

だって、何を

選んだっていいんだよ?

 

自由っていうのは、何でも

好き勝手するってことじゃなくて

自分で選ぶことが出来るってことだと

僕は思っていて。

 

何を選んでもいいとしたら

あなたは何を選ぶ?

 

あなたの感性で

あなたの感覚で

誰に指図される訳でもなく

選んでいいんだよ。

 

僕はその状況を

想像するだけでも

 

心が躍ってくるし

胸が高鳴ってくる(単純)

 

世間の流行とか

これを買っとけば間違いない

とか関係ないんだよ。

 

全ての基準は

 

あなたの心が

動くかどうか

 

なんだよ。

 

あなたが生きているのは

あなたの人生だ。

 

何でも自分の感覚を

気持ちを優先して

選んでいけばいいんだよ。

 

そこに間違い

なんてないんだよ。

 

やっちゃいけないことなんて

ないんだよ。

 

 

肩の力を抜いてさ

何でもあなたの感覚で

楽しんじゃえばいいんだよ。

 

楽しめない時は、無理に

楽しまなくていいんだよ。

 

行きたくない時は

行かなくていいんだよ。

 

自分の気持ちを何よりも

優先させてあげてね。

 

焦る必要もないし

 

楽しみたくなったら

楽しめばいいし

 

行きたくなったら

行ってみたらいい。

 

あなたはあなたのペースで

生きていけばいいんだよ。

 

 

まとめ

 

僕らはみんな

自由な世界の住人なんだ。

 

いつだって制限を

かけているのは自分なんだ。

 

制限がかかっている状況にいれば

現実を見なくてよいし

言い訳が出来るからね。

(僕もさんざん、こじらせてきてるから分かるんだけどね)

 

 

だけど、僕らは生きている。

生きるってことは、今の瞬間瞬間を

どれだけ本気で楽しんでいけるかどうか

なんだと思うんだよ。

 

何かを選ぶ時の基準は

常に内側にあるんだよ。

 

世の中の正解じゃなくて

自分の納得解で生きていく。

 

それだけで僕らは

昨日よりも軽やかに

生きていける。

 

 

 

love yourself first

軽やかに生きよう